[記事520] 今を生きている

キレイ好きと、そうでないグループ
二つに分けるとしたら、
わたしは、前者に入ると自覚している。

家の中が散らかっていたり、埃っぽかったりすると
それだけで落ち着かないからだ。

外出から帰って家の中が汚れているのはイヤなので
いつもそれなりにキレイをキープしている。

だから、突然友人が訪ねて来ても平気。

「上がってお茶でも飲んで行って」と誘うことが出来る。

今でこそ、キレイ好きは運気を上げると言われているけど
私がまだ若い頃は、それほど部屋の片付けに熱心な人は
少なかった気がする。

私の母は大変キレイ好きで、毎日床をピカピカに磨くのを
習慣にしていたが、
なんと、それを見た叔母が、母のことを「神経質」だと
言ったのを今でもハッキリ思えている。

叔母に言わせると、塵一つ落ちていないキレイな家は
かえって落ち着かないらしい。

自分はそれで良くても、外から来た人が
ピカピカにした所を汚してしまっては悪い、と
気を遣わせるのがいけない、というのが持論だった。

それも、わからなくはない。

私自身も、それほどピカピカでなくても
物が少なく、適当に片付いていれば
居心地がいいと感じられるからだ。

そういうわけで、普段見えている所はキレイでも
見えていない所に物が溜まっていたりする。

それは、今は使わないけど、いつかまた
使うかもしれないと思う物を、いきなり捨てずに
とりあえず残しておいた結果だ。

そういう場所が、わが家に何か所かあって、
そのうちの一つが、長男の寝室のクローゼットの棚の上だ。

前から、気にはなっていたけど、目の高さよりかなり上なので、
どういう状態か把握していなかった。

それをいいことに、ずっと放ったらかしにしていたのだ。

ただ、なぜか、今日はそこがやたら気になり
わざわざ持ってきた椅子に乗って、覗いてみた。 


すると、あった! 20年分の埃が・・・

20年でこんなに埃が溜まるなんて・・と驚愕するほど。

積もった埃の下にあったのは、その当時必要だったけど、
今となっては要らないものばかりだった。

子どもたちが小さかった頃に飾った鯉のぼりのポールに
小型のクリスマスツリー、幼稚園の時に描いた絵を
束ねたもの、小学校の卒業証書・・・

こういうものは、捨てるに捨てられず、本当に困る。

今の今まで忘れていたけど、
改めてこうして見ると、思い出の品ばかりで
それを完全に捨て去ることに痛みを感じるからだ。 

でも、埃にまみれたそれらを見た時、
やっぱり今は必要ないものなんだと悟るしかなかった。

あの時代は、とっくに終わっている。

今私が、少しだけあの頃の思いに浸ることが出来たのだから、
それで充分と思うことにした。  

「断捨離すると、自分がこれまで蓋をしてきた思いや執着と
向き合うことになります」

・・なんて話を聞いたことがあるけど、
正直、私には、一瞬の懐かしさ以外に
特別な思いはなかった。

不要になったものを車に積んでごみ処理センターに運び
廃棄する時も、それほどの感慨はなかった。

私たちは現在進行形で今を生きているので、
過去に戻ることは出来ない。

確かに、過去には甘く切ない思いがたくさん詰まっているけど、
刺激的なのは、やっぱり今とこれからなのだ。

今日これからをどうやって過ごすか
それを考えていたら、過去を思い出す時間がない。

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