[記事417] 自分さえ我慢したら上手くいく

その人は
「自分が満たされることによって
周りも満たされる」
という説に
懐疑的でした。

奈良県天理市で心理セラピストをしている
ADOです。

まずは
「自分が幸せになってから」
なんて考え方は
ただの独りよがりに
思えたからです。

彼がそう感じる理由は
生育環境にありました。

その人は母子家庭の
5人兄弟の長男として育ちます。

幼少期のイヤな記憶に
クリスマスとお正月があります。

なぜなら
周りが楽しそうにしていても
自分の家には
ロクな食べ物もなく
兄弟でお腹を空かせて
働きに行ったお母さんの帰りを
待つしかなかったからです。

弟たちを食べさせるために
給食のパンは
手を付けずに持って帰る

家計を助けるために
小学3年生から
新聞配達のアルバイトをする
そんな生活。

父親のいない家庭で
彼はいつしか
父親代わりをしていたようです。

定時制高校を卒業してからは
いくつか職業を転々とした後
大工職人の見習いとして働き
その後
独り立ちします。

弟にも声をかけ
二人で小さな建築事務所を立ち上げ
大手の下請けを始めました。

それからは
時代の後押しもあって
売り上げは順調に伸びました。

まもなく結婚し
子供を授かりましたが
結婚生活は長続きせず
離婚後
彼が親権を取ります。

父子家庭。

仕事と子育ての両輪で
睡眠時間を削る日々でしたが
穏やかな暮らしでした。

ところが、
そこにコロナの流行。

以降
仕事の数が激減し
親会社からは無理難題を言われ
抵抗すれば
仕事を回してもらえなくなるので
仕方なく
親会社の言いなりに。

そこに
不幸は重なるもので

弟が病気で倒れ
しかも
復職の目途が立たない状態。

その時
彼が取った行動は
病気で休む弟の分まで働いて
給料を渡すことだったのです。

わずかに手元に残った売り上げで
家族を食べさせ
学費を払うには
自分の食費を切り詰める以外に
ありませんでした。

それでも
来月良くなる保証はない。

そんなある日
子供たちが家を出ると
言い出しました。

その途端
彼を支えていたものが
ポキッと折れたようで
なにもかもが
無意味に思えてきたと言うのです。

彼とお会いしたのは
そんな時でした。

なにかに対して
怒っているようでもあり、
ひとりで
いろいろ抱えて生きてきた
彼の表情からは
疲れの色が見て取れました。

そして
迷いを吹っ切るように
こう言ったのです。

「廃業して別の生きる道を探す」

初めはちょっと
自暴自棄にも見えましたが
そこから、ポツリポツリ
これまで感じてきたことを
語り出したのです。

これまで
誰にも言わず
胸にしまっておいた言葉が
後から後から
溢れ出てくるようでした。

中でも
「誰もやってくれないから
自分がやるしかなかった」

と言った言葉には
彼の責任感がよく表れているように
感じました。

でも、
話しているうちに
彼は気づいたのです。

自分がやれることは
全てやってきたのだから
もう十分だ

これからは
自分のことを考えよう

彼は幼いときから
自分の役割を考えて
それに合った行動をしてきました。

本当はもっと
人に甘えたいのに
その気持ちを押し殺し
強い男を演じてきたのです。

守るべきものを
自分が守らなければ
幸せはこない
そう信じて
ここまでやってきました。

でも、
それにも限界があると
感じ取ったのです。

子供たちが家を出ると言った時
本当なら
門出を喜ぶべきところを
素直に喜べない自分に
気がつきました。

これまでは
「子供たちのために」
と言ってきたけれど

今は自分の方が
依存しているのかもしれない
そう思うと
ショックでした。

弟には
「自分でできる仕事を探してほしい」
と伝え

彼は彼で
事務所をたたんだ後は
売り上げは安定しないかも
しれないけれど
つてを頼りながら
個人相手の仕事に切り替えると
決心しました。

「誰かのために」頑張るのは
時に原動力となります。

でも、
自分を犠牲にしなければ
手に入らない幸せなら
いつかは限界が来ます。

そこで
頼りにされなくなると
今度は
虚しさに変わります。

そのことに気づいた時
彼は
「安心した」と言いました。

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